トスカーナで販売中の伝統的な農家

22 番号
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シエナから数kmにある典型的なトスカーナの美しい農園は、一部がカステルヌオーヴ ベラルデンガ、一部がラッダ イン キャンティへと広がる100ヘクタールの土地を所有しています。土地は、様々な作物生産用に分けられており、46ヘクタールは森林、雑木林など、36ヘクタールは葡萄園、8ヘクタールはオリーブ畑に、10ヘクタールは播種用地となっています。
複数の不動産や農家で構成されたこのトスカーナの企業の生産活動は非常に重要なものであり、70%がキャンティ クラシコDOCGの生産で、他にもエキストラバージンオリーブオイル、キャンティワインビネガーや蜂蜜の生産も行っています。

イタリアのシエナで販売中の物件には複数の建物があり、トータルの内部面積は4,780平米です。一流ヴィラ、二つの塔、隣接するセラー、倉庫、オフィス、販売スペース、そして、アグリツーリズムと農場で構成されています。

13世紀のシエナの古い要塞跡から造り出されたヴィラは、1600年代には大きな修復改装が行われています。メインの建築物は三階建てで中央部に位置し、アクセスのための道よりも高い場所にあります。角の二つの塔は庭との境界を作る壮厳な城壁に沿っています。
シエナのヴィラは、かつては城を守るための堀、現在では背の高い木々が並ぶ庭に囲まれています。
一階には、中央の広いロビー、 近年に改修されたワイン試飲用の二つの部屋、10のバスルーム、セラー、物置、収納付きの大きなキッチンが設置されています。二階は、寝室、ダイニング、サロン、三つのバスルームの12のスペースに分かれています。三階には、屋根裏部屋となっている幾つかのスペースと、物置、バスルーム、更には四つの部屋、キッチン、バスルームを備えたアパートがあります。

北東の塔は、半地下、一階、二階の三階層です。屋外の階段からもアクセス可能な二階は、オリジナルのアンティークテラコッタの床、栗の木の梁天井で、三つの寝室、キッチンとバスルームで構成されています。
南東の塔は二階建てで、下の階は現在は薪置場、屋外階段からも上れる上階は試飲用スペースとなっています。
ヴィラの南にある三階建ての建物は、近年に改装された熟成用セラー、倉庫、作業用スペースがあり、また、オフィスと二つのバスルーム、ダイレクト販売用のエノテカ、そして、試飲用スペースでもあるパノラマビューの300平米の大きなテラスが備わります。
ヴィラの前に位置する二軒の古いトスカーナの農家は数年前に改修済みです。宿泊施設として利用されており、こちらも販売中です。メインの農家は二階層。バスルーム付きの7つの寝室に分かれ、それぞれが独立したエントランスを持ち、庭に面しています。ジュニアスイートも一室あります。
二つ目の農家は、一階はレセプション、朝食ルーム、業務用キッチン、バスルーム、二階には広いサロンとなっています。
このアンティークなイタリア・キャンティ地区の農園の土地には、約3,920平米の農場と、トータル817平米の面積を持つ三つの農業用の建物(要修復)があります。
詳細 州:トスカーナ
県:シエナ
地域:シエナ

分類:シエナのヴィラ-ヴィラとファームハウス販売

内部面積:4,780平米
外部面積:100ヘクタール
 
ヴィラ:1,210平米
高級不動産:“北東の塔”183平米
高級不動産:“南東の塔”96平米
農家:817平米
アグリツーリズム:308平米
別館(セラー、倉庫、オフィス、販売用店舗):2,165平米
 
その他、付属スペース
 
森林:46ヘクタール
葡萄畑:36ヘクタール
播種用地:10ヘクタール
オリーブ畑:8ヘクタール
所有地トータル:100ヘクタール
 
トスカーナ州-シエナ:シエナ30km-カステッリーナ イン キャンティ10km-サン ジミニャーノ32km-モンテスペルトリ39km-フィレンツェ42km-ヴォルテッラ53km-アレッツォ51km-ダンテ アリギエーリ ゴルフ&カントリークラブ10km-フィレンツェ空港52km-高速道路(フィレンツェ チェルトーザ)34km

Rif番号: 2241
価格帯: 10ミリオンユーロ以上

城 キャンティ

シエナの古城
最高級不動産

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トスカーナ州-シエナ

この価値あるファームハウスが建つトスカーナの主要都市の周辺は、ポッジョ ラ クローチェの考古学エリアで示されたように、紀元前2000年には住居が存在していたとされています。ここには、古代の村の跡が残り、過去10年間に行われた発掘調査の際に多くの遺跡が発見されています。
5世紀のローマ帝国崩壊の頃には、このトスカーナの地域には既に、今日にも見られるような小さな農村が形成されていました。これらの村は、カステルヴェッキ、モンテリナルディ、ヴォルパイア、そして、ラッダです。
9~10世紀頃、シエナの近くのラッダ地区には封建社会が生まれ、村には城塞が造られます。
ラッダについて記述された最初の文書は1002年、バディア フィオレンティーナに向けてのウィッラ伯爵夫人からの寄付を、皇帝オットー3世が承認した証書です。
シエナ近くのトスカーナの村・ラッダは、12世紀までバディア フィオレンティーナの多くの文書に記載されています。
1191年5月に皇帝エンリコ6世は、ラッダの城と領土をグイディ伯爵家に付与します。既に13世紀にはラッダの領土はフィレンツェのものとなっていましたが、グイディ家の領土としてフェデリコ2世にも新たに承認されています。
販売中の素晴らしいファームハウスが建つトスカーナの村の城は、1230年にはシエナに略奪されます。また、1268年には他のキャンティの村と共に、ダンジョの率いるフランス軍による占領され、1478年にはアラゴンの侵攻で再び被害を受けます。
ラッダ、ガイオーレ、カステッリーナのキャンティ同盟で、このシエナ近くの村・ラッダは首都とされていました。
17世紀には城を巡った紛争も終わりを告げ、城は貴族のヴィラとなり、所有者たちはワインの生産に従事します。
トスカーナ州のラッダ イン キャンティの町は、1773年にレオポルド大公の訪問を受け、道は改善されますが、ラッダの領土は貧しく孤立したままです。
キャンティの多くの地区に共通した過疎化がピークに達した1950年代以降は、幸福と繁栄がこの地を訪れます。
1970年代に入ると、人々はこれらの場所の素晴らしさを再発見し、城やヴィラ、農家などが修復され、農業やアグリツーリズムの施設となりました。