歴史を持つヴィラがルッカで販売中

30 番号
貴重な歴史的ヴィラが、現在イタリアのトスカーナ州にて販売されています。17世紀半ばに起源を遡る、文化と歴史的背景に満ちた邸宅はルッカ中心地に程近い古い町並みの村に位置しています。

19世紀前半にナポレオン ボナパルトの妹・ポーリーヌが持主となり、格式高い不動産物件は、この時期に施行された重要な改築により現在の有様に達しています。メイン邸宅の東側ファサードの窓上の半月形の浅浮き彫り部分を際立たせたり、階段の上のモザイクもこの時期のものです。
物件はメインの邸宅と、現在では高級住宅へと改築されたレモン温室、また、かつては農家であった農作業用施設とで構成されています。
やはり19世紀に造られた大きな長方形の水槽は、プールへと姿を変えています。

この田園の豪華邸宅が誇るのは、何といっても19世紀の高名なイギリス人造園家の手で造られた広大な庭でしょう。
販売中のルッカの権威あるヴィラの北側には素晴らしい英国庭園があります。元は水路であった特徴的な小道が、古い年輪を刻む銀杏や常緑針葉樹、トキワガシ、オーク、シナの木の林へと導いてくれます。12ⅿもの高さに及ぶ椿も見事です。
庭園のメインの小道の脇には、モザイクの床が素晴らしい錬鉄造りのガゼボが建っています。販売中の豪華なヴィラを惹き立てるのはこれだけではなく、氷室や、椿の並木の裏側にある 優雅な曲線を描く水槽と、ポーリーヌが妹のために造ったハート型の水槽跡などもあります。
これより小さめの二つのイタリア式庭園は、一つはメイン邸宅側に、もう一つはレモン温室側にあり、これらは、森林の背面にある現在はプールへと改装された長方形の水槽と共に近年になって造られています。
詳細 州:トスカーナ
県:ルッカ
地域:ルッカ

分類:ルッカのヴィラ-販売中の格式高いヴィラ

内部面積:2,100平米
外部面積:10ヘクタール

メインの最高級ヴィラ:1,000平米
6部屋
8バスルーム
5リビング
ダイニング
キッチン
図書室

プール
温室

近接住宅:300平米
管理人用ヴィラと駐車場付き:800平米

その他、付属施設

トスカーナ州-ルッカ:ルッカ市内5㎞-フォルテデイマルミ40km-ヴィアレッジョ20km-ゴルフ場9km-温泉施設16km-競馬場35km-ピサ空港40km-高速道路(ルッカ東)7km

Rif番号: 0434
価格帯: 10ミリオンユーロ以上

豪華ヴィラ

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一流ヴィラ

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トスカーナ州-ルッカ

トスカーナ州-ルッカ:このエレガントな最高級ヴィラが建つルッカはトスカーナ州にあり、壮大な美と様々な物語と戦いの歴史を持つ、非常に興味深い街です。
その起源については意見が分かれ、リグリア人の集落であったという説と、一方では元々はエトルリア人が暮らしていたという説があります。紀元前180世紀にローマの植民都市として栄え、6世紀にはトォーシャ王国の首都に、また、7世紀には都市国家にとなり、後には共和国として栄えて来ました。
豪華な高級ヴィラ、歴史的に由緒ある不動産が立ち並ぶルッカには、円形劇場、古代広場、ロマネスク様式の教会といった遠い歴史を物語る特徴的な遺跡が今でも多く見られます。
ローマ時代の足跡は特に旧市街に強く残っており、一番最初の城壁もこの時代に造られています。その後の何世紀もの中で、政治権力の中心・現在のドゥカーレ宮殿や宗教の中心となる施設が建設されています。
現在販売中の素晴らしい最高級ヴィラが位置するルッカは、ゴート族、ビザンチン族によって占拠され、その後はランゴバルド王国の大切な首都の一つとなりました。中世時代にフランチジェーナ街道が通ってからは、ローマからの重要な巡礼ルートとなります。
グエルフィ派とギベッリーニ派の戦いによる浮沈がありながらも、ルッカはイタリア中世時代のトスカーナの重要な都市の一つとなっています。
君 主であったカストルッチョ・カストラカーニは、1325年のアルトパッショの戦いでは最強と呼ばれたフィレンツェ軍を追い詰めて破り、フィレンツェの拡大 を阻止しました。しかし、カストルッチョの死後、街は無政府状態に陥り、ヴィスコンティ家と続いてはピサの総監・デル アニェッロの独裁に屈します。
カール4世の介入で自由を取り戻したルッカは共和国となり、金融業者たちと絹織物の交易によって再びヨーロッパで名を馳せることに成功しました。
パオロ・グイニージの統治時代を除いて、ルッカは長年、共和国として成り立って来ましたが、1799年にはオーストリア軍の手に陥落します。
1805年には、ナポレオンの妹エリザ ボナパルトと夫のフェリーチェ バチオッキに支配されたルッカ-ピオンビーノ公国となりますが、1860年には公国も終わりを告げ、イタリア王国に組込まれています。