フィレンツェの歴史的住居

21 番号
典型的なイタリア・トスカーナの丘の景色と緑豊かな広い庭に包まれ、フィレンツェ近郊で販売されている歴史と格式溢れる住居は12世紀の重要な修道院が起源となっています。

フィレンツェで販売中の田園の邸宅は約1300平米の総内部面積を有しており、1ヘクタールの土地に囲まれています。
レオナルド ダ ヴィンチやデッラ ロッビア家など、歴史的著名人の住居となるなど、その全てが歴史と文化に富んだ大きな価値を持っています。
石積みの壁面や特別な家具や仕上げ。この伝統的なトスカーナの田園邸宅の半円天井や木製の梁天井、暖かいカラーの内装は快適で居心地の良い空間を作り出し、遠い時代へとタイムスリップさせてくれます。

イタリアのトスカーナで販売されている物件は、付属施設、独立したエントランスを持つ二階建ての二つの住居に分かれています。
地上階は大きなエントランスから、作業場として利用されている広々とした部屋につながっています。中庭から小さな入口を抜けると、独特な木の階段を通じて、二階の広いリビングへとアクセスすることが出来ます。
リビングには特徴的な暖炉があり、バスルーム付きの寝室とロフトに接続されています。このリビングから階段を上ると、バスルームと廊下があり、廊下から続く階段の上には塔内に位置する特徴的な部屋があります。
もう一つの住居は地上階と二階になり、地上階はエントランス、キッチン、ダイニングルーム、リビング、バスルーム、書斎とその他付属施設で構成されています。
ここには、珍しい石積みのオーブンが価値を高め、石垣で周囲を囲まれたオープンスペースがあり、フィレンツェの美しい丘陵の風景を見渡すことが出来ます。
二階には、キッチン、 二つの寝室とバスルーム、ロフト付きの書斎があります。また、暖炉付きのダイニングルームは、パーゴラの日陰でゆったりとリラックス出来る広いテラスに面しています。
詳細 州:トスカーナ
県:フィレンツェ
地域:フィレンツェ

分類:ヴィラと田園邸宅-トスカーナの郊外住宅販売中

内部面積:1,300平米
外部面積:1ヘクタール

ヴィラ住居1
3部屋
3バスルーム
キッチン
ダイニング
サロン

ヴィラ住居2
2部屋
2バスルーム
2キッチン
2ダイニング
サロン

その他、付属施設

土地:1ヘクタール

トスカーナ州-フィレンツェ:フィレンツェ市内15km-シエナ49km-モンテスペルトリ15km-サンミニアート28km-サンジミニャーノ31km-温泉公園40km-ウゴリーノゴルフクラブ9km-ヴォルテッラ56km-フィレンツェ空港13km-高速道路(フィレンツェ南)14km

Rif番号: 0196
価格帯: € 2.700.000

ヴィラ販売します

田園の住宅 トスカーナ
城 キャンティ地区

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トスカーナ州-フィレンツェ

トスカーナ - フィレンツェ:トスカーナ州の小さな村・サン カシャーノ ヴァル ディ ペーザはフィレンツェから数kmに位置しており、中世時代の教会やビッビオーネ城を始めとする高級ヴィラが数多く立ち並んでいます。
ローマ時代のサン カシャーノは“マンシオ(休息場)”としての役割を果たしており、古代のフィレンツェを目指す道中で馬を交換するための前哨基地となっていました。
ローマ街道近くにあるサンタ チェチリア教区は“デーチモ(十番目)”と呼ばれていましたが、それは フィレンツェから10マイルの距離を示す10番目のマイルストーンの側に位置していたからです。
エトルリア文明に関する考古学的調査によると、このトスカーナの村には、紀元前8世紀にはすでに住居が構えられていたようです。
サン カシャーノは、初めはサンタ チェチリア第10教区の近くの小さな村で、ローマ時代から継承されている馬の休息場でした。
1312年にサン カシャーノは、皇帝ハインリヒ七世によってフィレンツェ包囲の後の付属地として選ばれ、しかし、自身が到達する前に、弟であるトーリア大司教にヴァル ディ ペーザの多くの城を略奪、破壊させています。
その後まもなく、この優美な高級邸宅が佇むトスカーナの村はカスタカーニの軍に攻撃されています。1343年には、トスカーナの首都を治めることに成功したブリエンヌ公爵によりサン カシャーは公爵領となり、幾つもの城郭で強化を図りますが、彼のフィレンツェへの逃避により作業は中断します。
1354年にはフラ モンリアーレ ダルバーノの軍に、村は人質として取られます。この時にフィレンツェは、この地が敵の侵略の手を緩めるのに重要な位置であることを自覚し、ここを本格的に強化します。
メディチ家の登場によって、平和な時代を迎えた村は、この時期に幾つかの壁を取り払い、城の廃墟跡は貴族のヴィラや農場となっています。
ヴァル ディ ペーザは、デッラ ロッビア家の領地となったこの素晴らしい時代には、多くの陶芸家たちのダイナスティとなり、トスカーナに貴重なテラコッタを普及させます。
しかし、残念ながらサン カシャーノは、またもや戦争の餌食となってしまいます。第二次世界大戦中の1944年7月26日にはナチス軍の的となり、連合軍による空爆で大きな被害を受けてしまいます。こうして、この小さな村は劇的な被害の最後の歴史を更新することとなりました。