フィレンツェで販売中の伝統的な田園の住居

18 番号
イタリア・トスカーナ州フィレンツェの丘の上で販売中の田園の一流住宅。只今販売されているこの住居は起源を15世紀に遡ることもあり、伝統と歴史を兼ね備えた典型的な農家に数えることが出来ます。
現在では完全に修復改装され、庭、パドックと森林に分けられた2.5ヘクタールの土地を所有しています。
このフィレンツェの丘陵の素晴らしい田園の邸宅は、豊かな森林の植物と、地域を流れる自然の湧水にもよる特別に健康的な気候に特徴付けらた環境の中に位置しており、内部面積440平米、2.5ヘクタールの所有地はフェンスで仕切られています。
2007年に終了した巧妙な修復改装で、住居はその歴史的な美しさを取り戻しています。石造りの建物のほぼ全てが、イタリア・トスカーナの伝統的農家で使用されるオリジナルの石素材を用いて復元されています。

門から私道に沿って進むと、トスカーナの丘の上の素晴らしいパノラマを360度見渡す最高のポジションに位置する販売中の歴史的住宅へと辿り着きます。
住居を囲む土地には、約1ヘクタールの庭が広がり、残りは小さな森林と馬用のパドックとして使用されています。
田園の邸宅は、テラコッタの床と木製の梁天井など伝統的なトスカーナのカントリースタイルで建築、装飾されています。この見事な不動産のインテリアは、家具も調度品も素朴な田舎スタイルで装飾されており、質素でありながら、温かく心地の良い雰囲気を作り出しています。

開廊を抜けた一階では、アーチで仕切られた二つの大きなリビングが迎え入れてくれます。邸宅の一階の二つの部屋のうち一つからは、右手にはダイニング、左手には暖炉と白大理石のテーブル台のあるキッチンが続いています。キッチンにはリビングと同じようにフランス窓が備わり、室内は非常に明るくなっています。同階にはバスルーム付きの寝室、もう一つのバスルーム、そして、二階へと続く階段のあるスペースがあり、二階には美しい暖炉を備えた大きなサロンがあります。ここを中心に位置する五つの寝室のうち一つはロフト付き、また、張り出し廊下もあり、ここへは一階の開廊の階段からもアクセスすることが出来ます。
田園の一流住居の二階には、四つのバスルームも備わり、うち二つは寝室内に位置しています。
詳細 州:トスカーナ
県:フィレンツェ
地域:フィレンツェ

分類:トスカーナで販売中の農家-歴史的住宅

内部面積:440平米
外部面積:2.5ヘクタール

6寝室
6バスルーム
2リビング
大広間
ダイニング
キッチン

その他、付属スペース

パドック

所有地:2.5ヘクタール
 
トスカーナ州-フィレンツェ:フィレンツェ市内31km-グレーヴェ イン キャンティ52km-アレッツォ76km-シエナ88km-モンテカティーニ テルメ87km-ポッジョ デイ メディチ ゴルフリゾート24km-フィレンツェ空港56km-高速道路(フィレンツェ南)30km

Rif番号: 0289
価格帯: € 1.000.000

田園の邸宅 トスカーナ州

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フィレンツェのヴィラ

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トスカーナ州-フィレンツェ

ロンダが紀元前6世紀からエトルリアの領土だったというのは、現在に於いても未踏のネクロポリスの一部と見られる幾つかの墓石によって証明されています。
1000年頃のロンダは、カセンティーノの領主・グイディ伯爵家に支配されており、古代には高地を流れていたリンチーネとモシャの合流点の小さな島に最初の居住地の核を構築しました。
ロンダの名はここから派生しており、当初は“Isola(島)”と呼ばれたこの地は、後に“L’onda(波)”となり、現在のLondaとなったのは14世紀のことです。
バッティフォッレ伯爵家の子息であるシモーネとジョバンニは、フィレンツェ共和国からサン レオリーノの領地権を得た後、フィレンツェを相手に反乱を起こします。が、1375年には、フィレンツェ共和国が再びロンダの領地を取り戻し、この地を保護し、領土を広げます。後にコジモ デ メディチはロンダだけを除いて、フィレンツェの領土の村に散らばる全ての要塞を破壊するよう命じています。
トスカーナの市として、独立自治体としての最初の足跡は1446年(フィレンツェ議会から承認されたリンチーネとフォルナーチェ憲法)になります。
16世紀には、このトスカーナの町はポンテ ア シエーヴェの司教区の領土となり、一方、リンチーネとフォルナーチェはポッピの司教区プラートヴェッキオに併合されています。
1645年にはフェルディナンド二世は、グアダーニ家に別々の領であるこれらの村を一つの憲法によって統治することを許可します。
ロンダが現在の形で再統一されたのは1766年、レオポルド大公によるものでした。
1835年には独立権を失い、ロンダはディコマーノに併合されます。
このトスカーナの町は1929年に地震によって、後の第二次世界大戦時にはドイツ軍の侵略によって一部が破壊されています。1944年8月の砲撃で、橋が破壊され、9月9日の解放まで市庁舎や旧市街の多くの家が被害を受けています。
戦後には、フィレンツェ近郊のこの町では都市部への移住が進みましたが、最近では少しずつ住民の数は戻って来ています。