トスカーナの丘の上の最高級住居

20 番号
アンブラ渓谷の、森林、ブドウ畑やオリーブ畑といったトスカーナの雄大な自然風景の中にある、起源を19世紀初頭に遡る伝統的なファームハウスが販売されています。
イタリアのアレッツォで販売中の農園は総内部面積795平米を持ち、1.8ヘクタールの土地に囲まれています。うち1.3ヘクタールは森林で、残りは幾つかの庭園となっています。庭園の一つにはハイドロマッサージ付きのプールがあり、古い樫の木の木陰のプールハウスも備わっています。

シナの木と花々の並木道の先にある販売中の一流不動産は、470平方メートルのむき出しの石造りのファームハウス、合計約225平米の広さになる宿泊施設用の二つの別棟、約100平米の倉庫で構成されています。
この最高級レジデンスは二階建てで、元々の構造とトスカーナの農家のスタイルに沿って完全改修されています。古いテラコッタの床、栗の木の梁、むき出しの瓦、栗の無垢材の窓枠などで特徴付けられています。
一階は、エントランス、四つのサロン(一つはアンティーク暖炉付き)、木製の鏡板のあるバスルーム、書斎、大きなダイニングルーム、木製家具を備えた伝統的なトスカーナスタイルの広々としたキッチン、収納、そして、小さなリビングルームと寝室、バスルームのあるスタッフ用の住居となっています。
上階はナイトゾーンで、四つの寝室、三つのバスルーム、書斎、暖炉付きの広いサロン、オーブンが備わった屋根付きポーチがあります。

二つの別棟は元々は農作業用の施設です。最近改装されていますが、もちろん、イタリア・トスカーナの伝統を尊重した貴重な仕上げ素材が使われています。
150平米のヴィラは二階建てで、プライベートガーデンと、バーベキューエリアがあり庭用家具で装飾された屋根付きテラスが備わっています。この高級住宅は、暖炉付きのサロンから始まり、ダイニングとキッチンが続きます。幾つかの石段を上ると、広々としたバスルーム、暖炉付きのビングエリアを持つ大きな寝室があります。トスカーナ煉瓦の階段を上がった二階には、大きなバスルームと二つの寝室が備わっています。
もう一つの一流ヴィラは75平米の面積を有しており、プライベートガーデンと、ガゼボ、バーベキューや椅子、籐のソファを装備したテラスを伴っています。館内では、簡易キッチンと暖炉のある温かいリビング-ダイニングルームが迎えてくれます。続く廊下は、二つの寝室と広いバスルームへとつながっています。
詳細 内部面積:795平
外部面積:1.8ヘクタール

分類:トスカーナ州で販売中のファームハウス-販売中の農場

ファームハウス:470平米
5寝室
5バスルーム
6サロン
ダイニング
キッチン
 
住居A:150平米
3寝室
2バスルーム
ダイニング
キッチン
 
住居B:75平米
2 寝室
バスルーム
ダイニング
キッチン
 
その他、付属スペース
 
ジャグジー付きプール
ビリヤード室
専用駐車場

森林:1.3ヘクタール
庭:5,000平米

所有地トータル:1.8ヘクタール
 
アレッツォ35km-シエナ26km-フィレンツェ54km-コルトーナ64km-カスティリオーネ デル ラーゴ71km-モンテスペルトリ83km-インターナショナル ポロ クラブ1km-カセンティーノ ゴルフクラブ24km-フィレンツェ空港69km-高速道路(ヴァルダルノ)10km

Rif番号: 0276
価格帯: € 730.000

販売中の城

トスカーナ州のファームハウス
ワイン生産農場

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Eメール: info@lionard.com

トスカーナ州-アレッツォ

アルノの谷の上部に触れるキャンティの山の外れ、アンブラ渓谷にある渓流に沿ったブチーネの町の領土には、古いポージの橋にも証明されるように、ローマ時代には既に居住区を持った休息エリアとなっていました。
フィレンツェ、シエナとアレッツォといった重要都市から数十kmに位置したブチーネとアンブラ渓谷は、ローマ時代から国境の領土として重要な役割を担って来ました。
中世には、この町の運命は、アンブラからアルノへと沿った美しい丘陵を所有していた強大な権力を持った貴族家たちに左右されます。
13 世紀から、モディリアーナのグイディ伯爵家は、ブチーネ、ポージ、トッレ サン レパラータ、ガラトローナ、更にはカポセルヴィとレンドラの領土を所有し、全ての城は、1208年からヴァルダンブラの憲法の下で管理されます。
1225年にはグイディ伯爵家は、自らアレッツォとその子爵であるオルランド デッリ アルベルゴッティの保護下に身を置きます。
同じ頃、アンブラ、ラパーレ、ソーニャ、バディア ア ルオーティ、ピエトラヴィーヴァを含む渓谷高部は、キティニャーノのウベルティーニ家に所有されていました。
サンタ マリア ダニャーノ修道院は、サンタ マリア ダニャーノの町だけでなく、カパンノーレ、カスティリオン アルベルティとサン パンクラ​​ツィオを管轄していました。
アレッツォのタルラーティ家もこれらの領土を所有しており、1325年には武力を行使してグイディ家からブチーネの城の所有権を奪い取ります。
これらの多くの領主の野望は、必然的にフィレンツェ共和国の拡張主義政策と衝突し、1335年からは、ブチーネ、チェンニーナ、ガラトローナ、トッリ、レンドラ、サン レパラータとヴァルダンブラ フィオレンティーナは、フィレンツェの支配下に入ります。
フィレンツェ共和国は、後の数十年に渡ってこの地域への権力を拡大し、1360年には“ヴァルダンブラ同盟”を結成、14~15世紀の変わり目には、ウベルティーニ家が支配し続けていたアンブラ渓谷高部をも獲得します。
1645年には、メディチ家のフェルナンド2世がブチーネの領主となり、侯爵のタイトルとともにジュリオ ヴィテッリに与えられ、1738年にはニッコロ ヴィテッリへと渡ります。
フランス軍支配の間には、ブチーネの町は“協議会”の行政組織を採用し、1811年まで“アルノ県部”と“アレッツォ郡”に含まれていました。
後に、ブチーネ ヴァルダンブラのポデスタ制領土は再建され、区域には実に24の町が含まれます。これが、現在のブチーネにも非常に広い領土が残っている理由です。