フィレンツェの丘の上のヴィラが販売中

15 番号
イタリア・トスカーナ州の中心、フィレンツェの丘の美しい風景の中に位置する特徴的なヴィラ。販売中のこの最高級ヴィラは13世紀に建てられ、その後、イタリア文学界の要人であるグイド カヴァルカンテや、フィレンツェの貴族の中でも重要なグッチャルディーニ伯爵家に所有されていました。

この歴史的ヴィラはむき出しの石造り、650平方メートルの広さで、平和と静けさに満ちた3.2ヘクタールの土地に包まれています。
うち1ヘクタールはフェンスで囲まれ、糸杉、松、花の咲く茂み、珍しい中国の黒竹や、幾つもの果樹で彩られた美しい庭となっています。庭には二つのテラスもあり、うち一つは藤で覆われた錬鉄の緑廊付きで、もう一つからはアルノの渓谷の壮大な景色を楽しむことが出来ます。フェンスの外には、鹿、小鹿、野ウサギやキジなども見られる森林植物の緑地があります。

イタリアのフィレンツェでの販売されているヴィラへの門からは、糸杉とオリーブの並木道が、ヴィラ正面の開廊へと導いてくれます。一階は、暖炉とアンティークな釜を備えたダブルサロン、暖炉付きの広いダイニングルーム、二つの寝室(一つは暖炉付き)、二つのバスルーム、そして、現在は使われていない古井戸のある中庭に面した広々としたキッチンがあります。同じ階には、書斎として使われる蔵書室とランドリールームも備わっています。2二つの階段を上ると上階に到達します。ここには三つの寝室、二つのバスルーム、書斎とリビング、六つの二重窓から光が射し込むベランダサロンで構成されています。三つの寝室のうち一つからは屋根テラスとつながり、ここからは、アルノの渓谷やキャンティの丘陵、所有する森林や、ヴァロンブローザの山林といった、壮大な景観を360度に渡って堪能することが出来ます。

トスカーナで販売されているヴィラにはレモン用の温室と、庭からは隠れた二つの倉庫があり、一つはガレージ、セラーと古いワイン用の部屋で構成され、もう一つは作業用機器置場となっています。
詳細 州:トスカーナ
市:フィレンツェ
地域:フィレンツェ

分類: トスカーナのヴィラ - アンティーク ヴィラ

内部面積:650平米
外部面積:3.2ヘクタール

5寝室
4バスルーム
2サロン
ダイニング
キッチン

その他、付属スペース

レモン温室
ガレージ
庭:1ヘクタール
森林:2.2ヘクタール

トスカーナ州-フィレンツェ-キャンティ:フィレンツェ市内25km-アレッツォ55km-ヴァロンブローザ8km-サン ジミニャーノ70km-モンテスペルトリ59km-カセンティーノ自然公園28km-ゴルフ場13km-フィレンツェ空港45km-高速道路(インチーザ ヴァルダルノ)18km

Rif番号: 0350
価格帯: 2.5ミリオンから5ミリオンユーロ

ヴィラ販売します

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トスカーナ州-フィレンツェ

トスカーナ州-フィレンツェ-キャンティ:古代カッシャの町・レジェッロの最初の住居は1250年に遡ります。トスカーナ州の町は、おそらく市場として誕生したものと見られます。
カッシャへ続く道とカセンティーノへの道が交差するこの場所は、カセンティーノの谷の町を、山の向こうにあるヴァルダルノと結んでいました。
中世後期のレジェッロは、15世紀の初めに行政長官の基点と市場が共に移動されたように、その重要性を増しています。しかし、同盟と行政は1773年に大公レオポルドによってレジェッロの町が建設されるまではカッシャの名を保ち続けていました。
1807年から1810年までの間はフランス軍に占拠され、フィレンツェ近郊のこの町は1814年に再建されますが、現在の領土編成となったのは1840年です。
10年ほど後にはイタリア王国へ併合され、町では古くから続いた伝統工芸や農業に加えて、幾つかの産業も発展しています。
トスカーナの集落の中心部の広場では、毎週定例の市も開催されます。豊かな伝統工芸や宿泊用の宿、ヴァロンブローザの自然は、ヨーロッパでも有数の観光保養地の一つとなるための条件を満たしていました。
1892年9月には、サンテッレロ-サルティーノ鉄道が開通しています。
1900年代初めには、サルティーノには多くのプライベートヴィラやホテルが建ち、戦争でベルエポックが幕を閉じるまでは、イタリアを始めヨーロッパの政治や文化の重要人物たちが訪れていました。
民主主義制度の停止後の長いファシストの期間、そして、第二次世界大戦を経て、1946年10月13日の地方選挙で、レジェッロは現在への行政を開始することが出来ています。